HIDDEN CHAMPION

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RAMM:ΣLL:ZΣΣ “RACING FOR THUNDER”

ザ・ラメルジー「レーシング・フォー・サンダー」

ニューヨークが生んだ鬼才アーティスト、ストリートと宇宙を結んだユニークなヒップホップ・モダンアート

Photos:Beau Roulette ©Red Bull Arts / Text:Kana Yoshioka

『RAMMΣLLZΣΣ: It’s Not Who But What』@Red Bull Arts New York

 「ラム」、「ラメル」の愛称で知られる、ニューヨーク発ヒップホップの伝説のアーティスト、THE RAMM:ΣLL:ZΣΣ (ザ・ラメルジー)。“偶像破壊武装主義(Knockiast Panzarizm) ”、“ゴシック・フューチャリズム(Gothic Futurism)”といった、独自に編み出した哲学を元に、ヒップホップが「ヒップホップ」と呼ばれるようになる以前から、グラフィティの手法を取り入れたドローイング、立体物制作、そしてラッパーとして幅広くアーティストとして活動をしてきたヒップホップ界、そしてストリートアート界における最重要人物の1人だ。オリジナルな思想をアートや音楽に結びつけたラメルジーの表現に魅了された人たちは、ジャン=ミシェル・バスキア、フューチュラ2000、デルタ2、チャーリー・エイハーン、ジム・ジャームッシュ、ビル・ラズウェルと後をたたない。
実際にラメルジーの良き友であったジャン=ミシェル・バスキアは、1983年にリリースされたRamellzee vs K-Rob『Beat Pop』のジャケットワークを描き(この曲は、1984年に公開されたグラフィティ映画『Style Wars』の挿入歌としても有名)、映画監督チャーリー・エイハーンやジム・ジャームッシュは、映画『Wild Style』や『Stranger Than Paradise』にラメルジーを起用。またギャングスタ・ダックと呼ばれた独自なラップのスタイルは、後にサイプレス・ヒルに影響を与えたとも言われている。ちなみにブランド「Supreme」のディレクター、ジェイムス・ジャビアはラメルジーの大ファンでブランドがスタートした1994年にブランド初のコラボレーションアーティストとして、ラメルジーを起用しただけでなく、ニューヨークのショップに作品を飾っていたことでも有名だ。

 1980年代はキャンバスを中心としたアート制作と、ラップ活動を勢力的に行い、1990年代はアートと音楽を融合し、「トランスヴァーサス・ウォム」という人格になりきり「リサイクラーズ」と「ガベージゴッド」と2つに分類されるゴミの神々(キャラクター)に扮し活動に専念。2003年には、日本のレコードレーベルTri-Eightよりデビューアルバム『This Is What You Made Me』(2011年には、JAZZY SPORTより復刻版がリリース)をリリースし、その記念として日本へ来日を果たし、西麻布にあったクラブYELLOWにてパフォーマンスを行ったこともある。推定40~50キロはあるラメルジー自らが制作したコスチュームに身を包み、音数の少ないぶっといビートに合わせてステージに登場したときの姿は今でも忘れることができない。
 2010年6月27日、それまで患っていた病いにて惜しくも他界してしまったラメルジーだが、強烈な足跡を残したニューヨーク発のアーティストとして、ヒップホップやストリートアート界を心底愛する人々の心に生き続けている。ようは、彼の存在を知らなければ潜り、知っている人は未だに「RAMM:ELL:ZEE」という存在を掘りきれていないまま、まだまだその魅力に取り憑かれているのではないかと思う。そんな中、Red Bull Music Festival New York 2018のプログラムのひとつとして、Red Bull Arts New Yorkが「RAMM:ΣLL:ZΣΣ – Racing for Thunder」と題し、ラメルジーの回顧展を約3カ月に渡り「Red Bull Arts Museum」にて開催。ラメルジー亡き後、2011年にロサンゼルズのMOCAで開催された「Art In The Street」での「Battle Station」以降となる今回の展覧会は、6月に開催がスタートした時点で、『New York Times』をはじめとしたローカルのメディアが、こぞってニューヨークが生んだレジェンドを絶賛。商業ベースに流されることなく、自らアートの化身なり活動をしてきたラメルジーの活動は、時が経てば経つほど価値のあるものだと人々は気がつき始めている。

 実際に目にした「RAMM:ΣLL:ZΣΣ – Racing for Thunder」……1960年にクイーンズ奥のロカフェイにあるプロジェクト(団地)で生まれ、ブロンクスで産声をあげたヒップホップカルチャーを築き上げたラメルジーの作品の中でも、驚いたのは、1980年代初期に制作されたドローイング中心の作品であった。80年代の作品をこれだけ多くまとめて展示するのは初の試みだそうで、Red Bull Arts New Yorkキューレーターのマックス・ウルフはこの展示のために、作品を探すためにかなりの労力を使ったそうだ。

 「自分にとってラメルジーは、ヒップホップカルチャーを語る上で、欠かすことできないラッパーだった。素晴らしくて、でもミステリアスで、間違いなくヒップホップ界のアイコン的存在だったんだ。1階に展示をした80年代を中心とした絵画は、グラフィティのテクスチャーがある中で、アブストラクトでコンセプチュアルなものを中心に展示をしたんだけど、使っている材料が本当に豊かで、彼自身もアート制作を楽しんでいた時期なのがわかる。階段に飾られている“THE LETTER LACE”と呼ばれる、アルファベットを題材にしたフライング・レター(空飛ぶ文字)を挟んで、地下のフロアでは、90年代に入り、ラメルジー自身が自分の体を動くことによりアートを見せていった、ボディワークの作品……実に緻密に作られたブラックライトに光るコスチュームや絵画、そして人形などを展示した。この時代は、ラメルジーがアートの世界に対して拒絶反応を起こして、彼が作りたいものだけを創り上げた時期だね」(Red Bull Arts New York マックス・ウルフ)。

 アンディ・ウォーホルに影響を受け、アート制作を本格的に始めたというラメルジーの絵画は、映画『WILD STYLE』に出てくるような当時人気を呼んだバブル長なレターとは一線を画し、鋭いシャープなラインを描き、ストリーリー性を持ったひとつの絵の中には、ラメルジーが生み出した独自の哲学「ゴシック・フューチャリズム」を元に、宇宙感の強いフューチャリスティックな世界が描き出されている。グラフィティをベースにスプレーを吹きかけ、そこにブラックライトに生えるネオンカラーを挿してきたり、オブジェを固めて凹凸のある絵画に仕上げたり、アブストラクトでぶっ飛んだように見える1枚の絵を眺めていると、ラメルジーの思想の根源には、その時代を生きてきた環境から生まれた社会的なメッセージが含まれていることがわかる。

 文字を配列させていく通称「ギャングスタ・ダック」と呼ばれていた、独特なフロウを刻むラメルジーならではのラップも、アートとともに1980年代初頭には確立されていった。当時の貴重なライヴ映像が展示会場内の大画面で流されていたのだが、1980年代初頭、映画『WILD STYLE』を世界へ広めるツアーを、ラメルジーとともにした伝説のブレイクダンスクルーROCK STEADY CREWのリーダー、クレイジー・レッグスは、今でも強烈にラメルジーの存在が記憶に残っているそうだ。

 「ラメルジーに関しては、未だに彼について理解を深めようと皆しているけれど、僕が子供だった頃は、彼はベストラッパーの1人だった。彼は天才で、フリースタイルMCとは何かを追求していたと思うし、そのキャラクターの強さでコミュニケーションをする人だった。1981年~1982年に『WILD STYLE』のショーで、自分たち(ROCK STEADY CREW)がパフォーマンスをする際にラメルジーがMCをしてくれたんだけど、みんな彼のスタイルを、ユニークだ、エキセントリックだ、マエストロ(巨匠)だ、と話をしていたよ。ラップの仕方も面白くて、マイクを持ってラップをしていたかと思うと、突然ステージから落ちたりね(笑)。ツアーのバスの中でもみんなが静かにしている中、どこからともなくラメルのラップする声が聞こえてくるんだ。ヒップホップのパイオニアでありながら、インダストリアルのパイオニア的存在でもあった」(クレイジー・レッグス)。

ちなみに6月27日、ラメルジーの命日でもあった日に、個展会場を訪れてラメルジーに関して話をしてくれたクレイジー・レッグス。その場には『WILD STYLE』の映画監督、チャーリー・エイハンの姿もあった。

 「ガーベージゴッド(GARBAGE GOD)」と呼ばれる、ラメルジーが着用していた約20体にも及ぶ、さまざまなスタイルのキャラクターに扮したコスチューム。ジャンクヤードや、ゴミ箱へ捨てられてしまいそうなガラクタが重なりあった何十キロもある衣装ををマジマジと見ると、適当に配置されたかのように見えるジャンクが、ものすごく緻密に、正確に、各々があるべき位置に配置されていることに気がつく。何故、このコスチュームをラメルジーは制作したんだろう。調べてみればラメルジーが掲げる偶像破壊主義、偶像破壊(Ikonoklast)+武装主義(Panzarysm)は、自らが手がけていた脚本『アルファズ・ベット(Alpha’s Bet)』から誕生をした方程式であることがわかった。   
 ラメルジーは、『アルファズ・ベット(Alpha’s Bet)』を、α(アルファ)=Alpha(アルファ)=ギリシャ文字では「A」は「最初」にあたる、β(ベータ)=Bet(ベット)=英語で「かけ」を意味する……と解釈をして、アルファズ・ベット(Alpha’s Bet)=「最初のかけ」という意味に落とし込み、「トランスヴァーサス・ウォム」という宇宙の中心に存在する、リサイクラーズ(Recyclers)と、トラッシャーズ(Trashers)という2種のガベージゴッド=キャラクラーたちの闘いを物語にしていた。その物語に登場するキャラクターに扮するために、コスチュームを制作し、そしてそれを身を纏い、ステージに上がりラップをする。オリジナルの哲学を身体を使って伝えることをしていたのである。さらには「THE LETTER RACERS」と呼ばれる、スケートボードを取り入れアルファベットを象った空を飛ぶ26台のフライングレター・トイでは、アルファベットに点数を付け、各々持っている名前(例えばAndyの「A」は1点、Bobの「B」は2点というように)を元にレター(文字)レースを展開するといったストーリーを考えていた。

 「RAMM:ΣLL:ZΣΣ – Racing for Thunder」の最終章となる空間では、ラメルジーのコスチュームと、ラップをする姿の写真、そしてジャンクを装飾したカセットデッキが展示してあった。’80年代を彷彿する大型のカセットデッキ、分厚いヘッドフォン、ヨーヨー、ビリヤードの8ボール、目玉、スプレーキャップ、スカル……「あ、自分もこれ持っている!」と、親近感のわくジャンクが装飾されている。その中に、「A Life or Death Decision」という言葉がさりげなくあった。食うか食われるか、生死を分ける決断、という意味合いがこもったこの言葉。50歳という若さで他界したラメルジーだが、表現者として常に切磋琢磨していたのだろうと感じることができた。

 絵を中心とした80年代から、コスチュームを中心とした90年代以降の作品を通して観てみると、決して色褪せることがない作品を創ってきたことがわかった。ユニークで理にかなったぶっ飛んだ思想を持ったラメルジーは、アーティストが憧れるパンチの効いたアーティストであり、メイクマネーするだけのサグなヒップホップなのではなく、ヒップホップというハードコアなカルチャーを高尚なレベルへと持ち上げた人物なのではないだろうか。過去から未来へ向けた「ザ・ラメルジー」というフレッシュなアートは、これからを生きる人々にとってさらに価値のあるものになっていくはずだ。ちなみにこの秋には、このエキシビションを元にしたブックがリリースされる予定になっている。また「Red Bull Arts New York」では、この先も時代にメッセージを投げかけることのできるアーティストの展示を計画中とのこと。ぜひ、日本でも開催して欲しい……やはり生の作品を観ることは最高だから。

「RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2018」
開催日:9月22日(土)~10月12日(金)
開催場所:都内各所
出演:出演:ちゃんみな、きゃりーぱみゅぱみゅ、真鍋大度、Awich、Zeebra、DEADKEBAB & PSYCHIC$、向井太一、MAJOR FORCE-K.U.D.O-高木完-屋敷豪太-、ゆるふわギャング、LIL MOFO、NAZORANAI etc…..
www.redbullmusic.com/tokyo