
オスジェメオス+バリー・マッギー
『One More』
レジェンドアーティスト2組による世界初のコラボレーション展示
Barry McGee(バリー・マッギー)とOSGEMEOS(オスジェメオス)が、ワタリウム美術館で世界初のコラボレーション展示『One More』を開催している。30年以上にわたり互いをリスペクトし、影響を与え合ってきた2組が、同じ空間を“即興”で満たしていく、特別な試みだ。
ワタリウム美術館は1990年の開館以来、アンディ・ウォーホルやキース・ヘリングなど、ストリートとアートの境界を越えてきた作家を紹介してきた場所である。1970年代から続く独自のキュレーションの歴史は、ストリートカルチャーと現代アートをつなぐ水脈として、日本で唯一無二の存在となってきた。
今回の展示は、そのワタリウムの文脈の中でこそ成立する“再会”であり、“更新”とも言える。90年代初頭のサンパウロで生まれた絆が、30年を経て東京で結実した『One More』は、2組のアーティストが積み重ねてきた物語を空間いっぱいに展開する。ここでは、展示の背景をより深く理解するために、展示に先駆け開催されたトークショーの内容をお届けしたい。
- Edit_
- Ryosei Homma
- Photo_
- Shuji Goto, WATARI-UM, The Watari Museum of Contemporary Art

国境を超えて繋がった、レジェンドアーティストの対話
──今回の展示について、このアイデアはどのように生まれて実現したのですか?
Barry:オスジェメオスとは一緒に展示をやりたいと長いこと話していたんだ。そして僕とワタリウムの関係は長くて、ここは本当に大切な場所。日本のアーティストや自由な表現、文化を学ぶ場でもある。いまは芸術表現の自由が制限されがちな時代だけど、ここでは今でも自由に壁画を描き、考えを共有できる、まるで聖域のような場所なんだ。
Gustavo:ワタリウム美術館にはとても温かく迎えてもらい、自由に創作できるように最大限のサポートをしていただいた。世界中で芸術に対しての規制が多くなる中、今の自分たちがやりたいことを純粋に表現させてもらえることは、本当にありがたいチャンスだと思っているよ。
Otavio:まずは、僕らとバリーの関係について少し振り返ってみたいと思う。初めて出会ったのは1993年のサンパウロだった。彼はアーティスト・イン・レジデンスでサンパウロに来ていて、確かラサール・セガール美術館の一角で個展も開いていたよ。バリーは当時の僕らの人生において、とても大きな存在だった。希望が見いだせなかった頃、彼は芸術という分野で僕らに希望を与えてくれた。その出会いは、まるで新しい扉が開いたような体験だった。その扉をくぐってからは、もう後ろを振り返ることなく、ずっと前進し続けているんだ。
Barry:当時はアーティスト向けの助成プログラムがあったんだ。『Lila Wallace Readers Digest Travel Grant』というものだった。若いアーティストだった僕は、ブラジルに行って現地のアーティストから文化を学び、自分はグラフィティについて教えるというレジデンスの企画書を書いた。当時ブラジルのグラフィティ・シーンについてはまったく知らなかったよ。どうにかして約5,000ドルの助成を獲得できて、サンパウロに向かったんだ。到着してみると、衝撃だった。街中がグラフィティで溢れていたんだ。どの建物にもグラフィティがびっしり描かれていて、「こんなことあり得るのか?」って思った。本当に圧倒的だったよ。
Gustavo:僕たちが出会った1990年代は、ブラジルにはグラフィティが世界各地でどのように発展しているのかといった情報はなかなか見つけられなかった。インターネットも今みたいに発達していないし、世界で何が起きているのかをリアルタイムで知る手段がなかったからね。僕らにとって“世界”は、限られた雑誌や人づての噂の中にしか存在していなかった。そういう状況の中で、遠く離れた場所で活動している人たちとどうやって出会うのか。その“出会い”そのものが、すごく特別なことだった時代。当時、僕らはストリートに描いた壁画にひっそりと電話番号を載せていたんだ。良く思ってくれた人が連絡をくれるだろうと思ってね。するとある日、家に電話がかかってきて母親が出たんだ。レジデンスで来ていて興味を持ったサンフランシスコの教授かなって母親が言ってて、翌日家に来たんだ。その人はなんとバリー・マッギーだった。それが最初のコンタクトだよ。

あの頃はこの出会いがどんな形になるか考えもしていなかった。—Barry McGee
Barry:あの頃はこの出会いがどんな形になるか本当に考えもしていなかったね。だけど振り返ってみると、想像を超える素晴らしいものになった。あのレジデンスは、アーティストが世界中を旅して、その土地の文化やアートを学び、帰ってきてコミュニティを共有するという素敵な企画だったよ。
Gustavo:世界のグラフィティの情勢はわからなかったけど、サンパウロには何人かのライターがいて、影響を受けたライターに「エスペット(SPETO)」という人物がいるんだ。彼とは一緒に描いたり、作品をつくることもあったし、僕らのスタイルを確立する上で大きな存在だった。彼の作品もこの会場のレコードショップの中に展示されているよ。
Otavio:バリーは僕らにブラジルの外で何が起きているのか様々な情報を教えてくれ、この出会いは新しい世界を知るきっかけとなった。僕らとバリーとの関係は、言葉で説明するのがとても難しい、精神的な深いつながりなんだ。何ヶ月間一緒に作業しても、それがストレスではなくむしろ喜びとなる。すべてが自然で、快適で、心からなんでも共有できる関係だよ。今回の展覧会も、バリーと出会った当時にやっていたことを再現しているような内容になっているんだ。当時のように夜通し絵を描いたり、寝ずにドローイングしたり、そんな日々が戻ってきたようだった。このような関係性を提示する企画が実現しているのは、ワタリウムの存在のおかげでもある。僕たちみたいなアーティストを信頼してくれて、アーティスト同士のつながりも大切にしてくれている。そうした支援があるからこそ、こういった場が実現しているんだ。
Barry:ブラジル側が僕らから学びたいとレジデンスの際に声が上がったけど、実際は完全に相互交換だった。そこには、ローラーやラテックス・ペイント、ペンキなどを使って描いたグラフィティがどこにでもあったからね。大通りの壁という壁がミューラルで埋め尽くされていてすごい迫力だった。一体何が起きているのか理解できていなかったけど、その光景を見て、「ここには何かすごいものがある」と感じたんだ。

今回は“何も持たずに”スタートし、空っぽの状態から展示をつくるという新しい方法を試すことができた。—OSGEMEOS
──展示の制作過程について教えてください。どのようにしてこの壁画が完成したんですか?
Barry:この展示の制作プロセスは、まるでチェスをしているようだった。彼らが一手を打てば、僕も一手を返す。それがどんどんエスカレートして、まるでレスリングのように展開していった。気づいたら「じゃあ僕もこれをやる」、「じゃあ僕たちはこうしよう」と次々とアイデアが重なっていって、この大きな展覧会が完成した。最近はあまり描いていない顔の壁画を今回はいくつか描いたんだ。それはオスジェメオスから、当時僕らとやってたように、あの頃のスタイルで描いてほしいと話が出たからなんだ。
Gustavo:僕たちは同じ惑星から来た存在だから、こうした共同作業も自然で簡単なんだよ。10日ほど前からここで制作を始めて、その間とても快適に過ごすことができた。この美術館での展示は、まさに僕たちのケミストリーを感じるものだった。限られた空間、見つけた素材、それぞれのやり方、すべてを調整しながら即興でつくり上げたんだ。
Barry:ブラジル出身の彼らにとって、“少ないもので多くを生む”という文化は自然なものだと思う。それが今回の即興性や、会場の状況に合わせた柔軟な対応にもつながっていると思うよ。何も準備せずにその場で作っていくという姿勢が、結果として多くの驚きや発見を生んだと感じる。普通なら4年計画で進むような展示が、かなり直感的にスピーディーに進行していったからね。
Gustavo:東京にいること自体が強いインスピレーションになるんだ。石巻市での経験があったからこそ、今回は“何も持たずに”スタートし、空っぽの状態から展示をつくるという新しい方法を試すことができた。僕らは90年代からバリーと一緒に描いているけど、彼と一緒にいると毎日が学びなんだ。それは今でも変わらないよ。
──グラフィティは法律的に違法な行為ですが、実際に過去に問題になったことはありましたか?
Gustavo:当時のブラジルでは、法律的な問題はなかったよ。ただ、今のサンパウロで同じようにグラフィティを描いたら、その壁ごと剥がされてどこかに売られてしまうこともある。状況は当時とはまるで違うんだ。実際には無許可な場合も多かったけど、とにかく描きまくってた。ブラジル、特にサンパウロに行ったことがある人ならわかると思うけど、日本とはまったく違う現実がある。あの頃は本当に、日常で信じられないようなことがあちこちで起きていた。グラフィティを描いているすぐ横で、誰かが強盗に遭ってたり、発砲事件が起きてたりする。そんな環境の中で、俺たちは毎日のように描き続けていた。質問に答えるなら、実際に連行されたこともあるし、トラブルに巻き込まれたことも何度もある。今でも、どこかで描いていてパトカーが来たら、何が起きるか全然読めないよ。殴られるのか、逮捕されるのか、あるいは一緒に写真を撮っていいと言われるのかね。ブラジルって、今でもそういう予測不能な空気が残ってる国なんだ。
多くの人は、グラフィティをすごく単純なものとして見てると思うけど、命をかけて街に名前を刻んでるライターたちを尊敬しているんだ。—OSGEMEOS
──お互いに世界中でパブリックなアートプロジェクトに参加されていますよね。今後は別の場所で、こういった2組での展示を考えていますか?
Barry:アメリカは今あまりにも混乱した状態にあって、大規模なプロジェクトはほぼ不可能に思える。僕たちは、このファシストどもからアメリカを解放しなければならない。
Gustavo:これまで僕たちが参加してきたパブリックでのアートプロジェクトの多くはグループでの展示だった。だから今、こうして東京でバリーと一緒に展示できていることは、僕たちの30年以上の歴史の中でも特別な意味があるんだ。昨年行ったワシントンでの大規模な個展では、これまでの作品をまとめて振り返る機会があった。その次の大きな節目として、バリーと共に東京で開催できたこの展示があると感じてるよ。1993年に出会ったときと同じエネルギーを今も共有できている。そういう意味で、今回の『One More』は人生の中でもかなり重要な出来事のひとつだよ。
Otavio:この展覧会は、僕らにとって本当に唯一無二のもの。こういう形で実現することは年々難しくなり、いまではとても稀な機会になっている。昔はさまざまなグループ展や複数のアーティストが集まるプロジェクトに参加していたし、バリーも『Street Market』のような最高の展示を仲間たちと作り上げてきた。観客がその世界に入り込めるような、強い体験を生む展示だよ。けれど今は、そうした展示を見る機会がほとんどなくなってしまった。そんな中で、長い時間を経て、またこうした没入型の展示を東京で実現できている。スケジュールの問題もあって、二組の予定を合わせるのは本当に大変だった。だからこそ、いまここで一緒に展示を作り、話せていること自体が、特別でユニークな体験だと感じているんだ。
──年齢を重ねる中で、グラフィティとの向き合い方は変わりましたか?
Barry:僕にとってグラフィティはいまも変わらず、常に新しいなにかを見せてくれる表現形式だと感じているんだ。街を歩いているだけで、これまで見たことのないラインやアイデアに出会える。若い世代のライターたちからも大きな刺激を受けている。グラフィティはいつだって、強いインスピレーションと考えさせられるものを与えてくれる存在なんだ。
Gustavo:多くの人は、グラフィティをすごく単純なものとして見てると思う。だけど僕らにとってグラフィティは、美術館などアカデミックの制度の外側にあるもの。常に直接的なコミュニケーションの手段としてグラフィティを見てきた。最もダイレクトな自発的表現で、ストリートで誰かとつながるための方法だと思ってる。グラフィティは屋内じゃなくて外で起きてる。そして、命をかけて街に名前を刻んでるライターたちを尊敬しているんだ。他人の持ち物である壁、地下鉄、列車、ビル。自分のものじゃない場所に、誰にも指示されず、自分の判断で描く。違法なのに、それでも自分を刻もうとする人たちを、僕らはずっと尊敬してきたし、これからも変わらないことだよ。
──1993 年から知り合いなのに、なぜこれまで一緒に展示をしなかったのですか?
Barry:93年に出会ってから、ずっと手紙やメールでやりとりしてきた。いつかどこかで一緒になにかやろうって話はずっとしていたんだ。外で一緒に描くことはいつでもできたし、2007年にはブラジルでオスジェメオスと一緒に、電車にグラフィティを描くプロジェクトもやってるよ。どんな美術館の展示よりもエキサイティングだった。でもなぜか、美術館というフォーマットの中で、正式な展示として一緒にやる機会だけはずっと巡ってこなかった。だから東京でこうして実現したことはとても特別なことなんだ。
Gustavo:物事は偶然に起こるんじゃなくて、なにかしら理由があって、そのタイミングで起こるものだと思う。ワタリウムのような場所は、世界のどこにでもあるわけじゃない。いろんな国を回ってきたけど、アーティストに完全な自由を与えて、海外作家同士のプロジェクトに心を開いてくれる場所は本当に少ない。ここにはやりたいことをそのまま形にできる自由がある。今回の展示もその自由の中で実現したんだから。

80年代にグラフィティと出会ったとき、自分たちの世代のアートフォームを発見したような衝撃だった。—Barry McGee
──どちらも既に世界的な活躍をされていると思いますが、今後まだ達成していないこと、目指していることはありますか?
Barry:若い頃、よく美術館へ行っていたけれど、そこで見た作品は僕になにも語りかけてこなかったし、自分の人生ともまったく結びつかなかった。そのコレクションの中に自分の作品が入ることも想像できなかった…。とても悲しかった。80年代にグラフィティと出会ったとき、それは自分たちの世代のアートフォームを発見したような衝撃だった。グラフィティは絵画の慣習や、裕福な白人男性たちが支配する市場主導のアート界を打ち破ってくれた。『Subway Art』は、僕たちが“ここにいる”ことを示してくれたんだ。Lee、Dondi、Iz the Wiz、Blade といったライターたちは、僕にとってピカソと同じくらい刺激的な存在だよ。
Gustavo:僕らは中流から労働者階級の出身で、チャンスがあったからこそ今の場所まで来ることができた。あの頃はSNSもなく、ただ純粋にカルチャーと好きな事という愛のために創作していた。僕らは自分たちには使命があると感じているんだ。誰であっても自分の使命を見つけてそれに従う人は、国籍や出身、惑星に関係なく自然に共鳴し合うものだと思う。今回の展示にあるすべての要素には物語があって、それぞれが40年近くの歴史と経験に基づいている。僕たちは、そうした体験を通して新しいポータル(入り口)を開きたいんだ。
Barry:僕が育った環境は、日本のマーカーペンやアニメのようなビジュアルの文化は夢みたいな存在で、グラフィティや創作に本当に大きな影響を与えてくれた。字幕付きの日本アニメを、意味がわからなくても何時間も見続けたことがある。それが視覚的な交換として体に染み込んでいて、年を重ねるにつれて、それらの文化的なピースが繋がっていく感覚があるんだ。
Gustavo:僕らはバリーとビジュアルを通して深くつながる感覚がある。アーティストとして、ビジュアルの力や想像力、創造性の広がりは無限だ。僕らも子供の頃に日本のアニメをたくさん見て育った。ウルトラマンも大好きで、そこから想像力を育ててきた。そうしてクリエイティブというのはどこまで遠くへ行けるかを追い続ける行為でもあることに気が付いたんだ。
Otavio:この展覧会は、単なるアートの枠を超えているんだ。僕たちにとっては芸術以上のもので、“家族のつながり”をすごく強く感じている。さっきのやりとりを見てもらえばわかると思うけど、僕たちの制作スタイルもまさにあれだ。一人が話し、一人が描き、それが交互に続いていく。まるで無限につながっていくようにね。

【イベント情報】
オスジェメオス+バリー・マッギー 『One More』
- 会期 :
- 2025年10月17日(金)〜 2026年2月8日(日)
- 休館日 :
- 月曜日(11/3、11/24、1/12は開館)、12/31-1/3
- 時間 :
- 11:00 – 19:00
- 会場 :
- ワタリウム美術館 + 屋外
- 住所 :
- 東京都渋谷区神宮前3-7-6
- ウェブサイト :
- www.watarium.co.jp
- 入館料 :
- 大人 1,500円 / 大人ペア 2,600円 /学生(25歳以下)・高校生・70歳以上の方・身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳お持ちの方、および介助者(1名様まで)1,300円 / 小・中学生 500円















