Interview with
Ray Barbee

不完全さや、生(Raw)であることに真実がある

スケートボード界のレジェンド、レイ・バービーが、彼の人生でライフワークとしてやっていることは、ほかにもある。音楽をやることと、写真を撮ること。音楽に関しては、Fenderのギターとともにソロでもバンドでも演奏を行い、曲を作りアルバムを制作し、写真に関しては、Leica M6のカメラにモノクロフィルムを入れて、日々生きる中でピンときた瞬間をキャプチャーする。スタイリッシュなスケートボードのスタイルと、グルーヴ感のあるメロディアスなギターのリフと、35ミリのフィルムでアブストラクトな世界を収めていくことは、どれもレイの中では同一線上にあるそうだ。

そんなレイは、今年(2025年)5月に初の写真集をリリースし、これから11月にはEPのリリースと、ライヴで日本ツアーを行う予定になっている。そこで来日前に、ロングビーチの自宅にいるレイに新作のEPと、写真について話を聞いてみた。

Interview:
Kana Yoshioka
Article from Hidden Champion #78, Fall 2025


──調子はいかがですか?

調子いいよ。スケートは変わらずたくさん滑っているし、いい夏だったよ。これから年末にかけていろいろ予定が詰まっている。10月にはスペインへ行くんだけど、モーメンツ・フェスティバルというマラガで開催されるフェスに出るんだ。ほかにマドリード、セゴビアも回るよ。それから、11月に日本へ行く!

──最新作のEP『Little Postcards From Home』について話を聴きたいのだけど、レイがギターを始めたのはいつ頃?

小学校5年生の頃、10歳のときにMTVがちょうど始まったんだ。僕の父はサックスを吹いていたから、家ではジャズ、モータウン系のソウル、R&Bなんかが流れていて、そんな中で育ったんだけど、MTVが始まってからは家でロックが流れるようになったんだ。僕はジューダス・プリースト、レッド・ツェッペリン、アイアン・メイデン、ブラック・サバス、AC/DCなんかのバンドのライヴ映像を観るようになって、そこでバンドというものはボーカルが中心人物だってことに気づいたんだ。でも曲の途中で別のメンバーが前に出てきてギターソロを弾く瞬間がある。そのときに僕は「こいつが最高にクールガイだ!」って思って、それでギターを弾きたいと思ったんだよね。だけど周りにギターを持っている人は誰もいなかった。ちょうどその頃、6年生の夏休みに友達のダニーが誕生日にスケートボードを手に入れたんだ。僕らはいつも自転車に乗ってたんだけど、彼はスケートボードを手に入れてから、自転車に乗っているときよりもずっと楽しそうだった。だから僕もスケートボードが欲しくなって、そしたらダニーの父が、彼が乗っていた70年代の古いスケートボードを僕にくれたんだ。それでスケートボードを始めて、夏中滑っていたよ。それで休みが終わって学校が始まったときに、他のスケーターたちを紹介されて、彼らはパンクバンドをやっていたんだ。それで僕も興味があったから、ギターの弾き方を教えてもらうようになったんだ。自分でギターを買ったのは高校に入ってから。スケートボードが上達してきていたから、高校までスケートボードに集中してたんだけど、高校のときにバンドに誘われてまた弾き始めたんだ。

Super Skate Posse, Tupelo, Mississippi, 2022

──その頃はどんな音楽を他に聴いていたんですか?

80年代にスケートボードを始めた頃、一緒にスケートしてた連中がパンクバンドをやっていたから、パンクはもちろんのこと、ほかにディーヴォ、ブロンディ、B-52’sなんかのニューウェーブも聴いていた。そこからマイナー・スレット、ソーシャル・ディストーションみたいな新しいパンクを聴くようになったり、ちょうどスティーブ・キャバレロはザ・ファクションってバンドを始めた頃だったし、83年、84年はブラック・フラッグ、バッド・ブレインズ、サークル・ジャークスとかのアメリカン・ハードコアも聴いていた。80年代初めはスケートパークが撤去されてた時期だったんだ。だからスケーターたちは裏庭にスケートボード用ランプをDIYで作り、DIYな音楽を聴きながら滑ってた。 ブーンボックス(ラジカセ)には新しいハードコア系の曲も入っていたしね。だから僕の基盤はスケートボードとパンクロック、ニューウェーブから来ている。でもギターを弾くほどに、他の音楽の良さがわかるようになってきたんだ。ギターが僕の世界をもっと広げてくれて、そうした経験のすべてが自分の中に入り込んできたんだ。高校を卒業した後も、いつも友達とバンドを組んで演奏していた。スカバンドやフガジみたいなポストハードコアみたいなバンドもやっていたし、それとサザンカリフォルニアに住んでいると、ロケット・フロム・ザ・クリプト、ドライブ・ライク・ジーヒューとかにも影響されたりもした。でもスケートボードのツアーで忙しくなりすぎて、バンドから追い出されちゃったんだ。だけどそれでも音楽は作りたいなと思っていたとき、モネというN.W.A.のアラビアン・プリンスと結婚していた人と出会って、彼女が僕に録音機材をたくさんくれたんだ。4トラックレコーダーとコンプレッサーユニット、それからマイクもくれたと思う。ちょうどトミー・ゲレロのアルバム 『Loose Grooves & Bastard Blues』がリリースされた頃でもあって、トミーは アルバムの曲をすべて4トラックで録音していたから、バンドがいなくても自分でできるって大きな刺激になった。大きなスタジオに入らなくても独特の趣がある音楽が作れる、ちょっと下手くそでもいい、完璧じゃない手書きの手紙みたいに人に伝えることができると思ったんだ。

──それで『Little Postcards From Home』(小さなポストカードを家から)ということなんですね。

もしポストカードを出すとしたらって、このアルバムは僕が初期の頃に感じたことに立ち返って、家で音楽を作って制作したんだ。DIYのアプローチが詰まった、自宅の4トラックで作った、各曲が手書きの小さな絵葉書みたいなものなんだ。

──EPを聴いたとき、なんだか以前より音が深いと思ったのだけど。

長男のノーランは僕のEPに2曲ベースで参加してくれているんだけど、彼と808ドラムマシンのドキュメンタリーを一緒に観たんだ。80年代のヒップホップを生み出した808だけど、それを見終えた後に、「808ドラムマシンに80年代のポストパンクギターを組み合わせたらクールだろうな」って思ったんだ。その組み合わせは、これまでに聞いたことがなかったしね。ポストパンクはパンクが単なるディストーションだったところをもっと工夫して、もっと芸術的なものへ押し上げたし、それとポストパンクは深みがあった。もっと質感があったし、ギターが渦巻くように動いたりと面白い音が増えて、より興味深いものになっていたんだ。そのポストパンクと808が組み合わされたタイプのギターを、新しいEPで表現してみたんだ。

──なるほど!

で、君が言っている「深い部分」とは、エフェクトによってギターに生命力が加わったり、動きが増したことだと思う。ディレイやフランジャーってやつで音を渦巻かせるんだ。するとより彩りが加わる。アコースティックだけど、その上にギターを重ねて、ドラムマシンも入れてる。アレンジがもっと複雑で、より詰まっている感じ。同時に僕にはポストパンクが持つあの暗い要素も残っていてね。すべてがハッピーで明るいものではなく、暗い。だから僕が書いたキーや特徴の多くは、明るい要素は残ってるけど全体的にちょっと神秘的だったり暗めだったりするんだ。それって、全面に押し出された明るい感じじゃない、勝利の行進みたいな感じ。

Ray’s unprocessed rolls of film, Long Beach, California, 2025

──音楽機材は何を使って制作しましたか?

今回のEPは、8トラックカセットレコーダーで録音した。それにAKAI MPCのドラムマシンサンプラーを使ってテクノロジーも取り入れた。両方使って録音してるんだ。まず片方で録音して、それをテープに録音した部分もあれば、ドラムマシンに送ってミックスした部分もある。それとドラムマシンはトラックをアナログペダルに送れるんだ。だからペダルでミックスできる。Pro Toolsとかみたいな音楽ソフトは一切使ってないけど、ドラムマシンがコンピューターみたいな役割を果たしてるんだ。録音もできるコンピューター・サンプラーみたいなもの。あとは4トラックや8トラックを使うこともあるけど、最終的には必ずドラムマシンのサンプラーに収めるんだ。そうやってMPCを使う。でも必ずアウトボードに出力して、僕はコンプレッサー(エフェクターの一種)やリバーブペダルを使うんだ。より生々しい音になるからね。変なやり方だけど、手持ちの機材で、最大限の音を絞り出すことをやっているだけ。

──メロディはどういうときに思い浮かぶんですか?

ギターを手に取ってコード進行を組み立て始めるんだ。例えば「これはフィンガーピッキングのパターンだな」「これ結構いいかも」って感じで。それを基に発展させていく。頭の中で曲全体を聴き取れる能力がある人もいるけど、僕はできないんだ。聴こえてくるメロディを聴いて、あるいはギターで適当に弾いてみて、良い感じのコードを探す。「この感じ好きだな」とか、「最初のパー トにぴったりだ」とか。そこから別のパートを見つけて作り上げていく。それができたら次はメロディを聴きとる作業になるんだ。メロディを口ずさんでみて、ギターでそのメロディを見つけるんだ。そうやって少しづつ積み上げていくんだ。車の中で仕上がっている部分を聴いて、「これ必要だな」って感じたらそれを後で加えることもある。だから1日で曲を完成させることなんて絶対にないんだ。いつもいろいろなプロセスを踏んで曲を作っている。それでときどき息子のノーランに聴いてもらって、意見をしてもらったりね。

写真を通じて、共感する

──今年、写真集『The Joy Is In Capturing The Journey』をリリースしたけれど、仕上がってどんな気分ですか?

めちゃくちゃエキサイティングなことだし、本当に感謝している。16年間撮り溜めていたものの集大成。何年も撮り続けてきた写真をようやく共有できて、僕が撮影したいと思って撮影してきた光景や、ヒーローたちを写真集を通じて称えることができて嬉しい。伝統的でクラシックなモノクロの写真集にしたいと思っていたんだ。70年代とかにあったような感じにね。

──以前、マグナムフォトにも影響を受けていると話していた記憶があるのだけど……。

確かにマグナム・エージェンシーに所属しているフォトジャーナリストやドキュメンタリー写真家たちには影響を受けたよね。でもやっぱり僕がスケートボードで育った仲間たちが与えてくれた影響は大きい。その撮影方法じゃなくて、撮りたいという欲求や、それに取り組む姿勢そのものとかね。その彼らや、観た光景を記録していく感じ。平凡な日常の情景の中に、ある種のユニークな 独自性を掴もうとしているんだ。それを構図であれ、照明であれ、表情であれ、身振りであれ、何らかの形で特別にしようとしているんだ。写真の面白いところは、「見る」行為にあると思うんだ。その見るものがユニークであること、自分だけにしか見えないものを発見して、それを他の人が見たときに、感情的につながりを感じられる形で捉えられるようにキャプチャーすること。

Greg Hunt and family, Los Angeles, California, 2012

──レイにとって特別でユニークな瞬間を、見た人たちと分かち合おうってことですよね。感情的な繋がりを。

その瞬間に理由を見出すわけだ。僕にとっては、その瞬間や起きていることを撮影することに価値を感じるし、僕が捉えた瞬間を写真を通じて誰かが見たときに、感情的な繋がりを感じられるよう撮影することが僕の役目。だけど、それが何であれ特定のものをコントロールしようとはしない。だって見る人はそれぞれ得るものが違うから。写真の面白いところは、自分が何かを見て、それを他の人にも見えるように表現できること。誰かに何かを感じてもらえればいいなと思っている。

──ずっとライカのカメラでモノクロのフィルムを使って撮影している感じ ですよね。

モノクロが大好きなんだ。好きな理由はいろいろあるけど、一番の理由はモノクロはまったく別の世界に連れて行ってくれるということ。抽象的だけど自然なんだ。ほとんどの人は色で世の中を見ているけど、そこから色を抜くと物事を認識できても、完全に別の世界になる。暗室では特に感じるんだけど、僕はその抽象的な表現が大好きなんだ。もしも僕が絵を描けたらとしたら、僕に とってはモノクロ写真が最も絵に近い表現になるんじゃないかな。つまり日常のありふれた「光景」とか「被写体」を、絵画的なものに変えることが、僕にとっての写真なんだ。

──カラー写真に興味を持ったことはありますか?

カラーで唯一興味深かったのは、コダクローム(Kodachrome:コダック社が開発した、1935年に発売をした世界初のカラーフィルム。ポジフィルムの一種)フィルムがあった時代だね。コダクロームは色の表現がとても深かった。でも現像に使う化学薬品が人体に影響を与えるくらい有害で発売中止になってしまったから、つまり現像できなくなったからコダクロームも製造中止になってしまったんだ。それが僕にとっては唯一好きなカラーフィルムだった。僕は35mmで撮るのが好きなんだ。僕のカメラは35mmだけど、4トラックやストリートスケートボードみたいな感じで、生々しくて、身近にアクセスしやすい。粒子があって制限があるからこそ、あの独特の雰囲気になるからね。便利で扱いやすいし、自分が撮りたいものをその瞬間に撮れるから、僕が撮るスタイルには35mmが必須なんだ。

Ben Raemers, San Francisco, 2010

──生の感じが好きですよね。

そうだね。そこにはほんの少しの不完全さがあると思うんだ。僕たちは不完全な生き物だけど、そんな部分に繋がりを感じるんだ。だって僕たちは不完全な生き物だから。デジタル、特にAIなんかは完璧に作り出すけど、逆に生気がなくて古びた感じになる。共感したり、掴みどころとなるものがない。欠点や問題を抱えていることが、その人や、その人の人生の一部だしさ。だから僕は“生”っぽいものに惹かれるんだ。そこで繋がれるし、一番真実に近い感じがするんだ(笑)。

──不完全さを人々と共有したいということですね。

これが僕たちスケートボーダーのやるべきことだと思うんだ。スケーターたちが音楽をやったとしても、写真を撮ったとしても、他に何をしても、スケートボード文化のすべてがそういう感じだってことなんだ。

──11月にはEPのリリースも兼ね、日本での来日ツアーが開催されます。どんなライヴにしようと思っていますか?

今回は1人で行くから、EPから数曲と、あと昔の曲もやろうと思っている。たいてい暖かい時期に日本へ行っていたけど、年末に近い時期に日本へ行くのは久しぶりだから、とても楽しみにしているよ!

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