
Interview with
Taichi Watanabe
壁の向こうにあるかもしれない景色を求め、感覚的に描かれる窓
偶然出会った“窓”に惹かれてペインティングを始めた渡邉太地。
温かく柔らかなタッチで落ち着いた印象を受ける抽象的な作品は、渡邉の心情を映すことでその奥の世界へと繋がる装置のような役割も果たしている。
ある意味で風景のような、自分の感覚や感情を閉じ込めた“窓”にこだわり、絵画表現の概念を探求し続ける姿勢について話を伺った。
- Interview:
- Toshihito Hiroshima

──幼い頃から絵に興味はありましたか?
おじいちゃんの話ではアンモナイトをよく描いていたり、恐竜博物館に行ってティラノサウルスをひたすら描いたりしていたみたいです。他にも、将来自分が住みたい家の絵をよく描いていたことを覚えています。小学校は漫画部に入って様々なものをひたすら模写していました。
──そこから美術の世界に入っていくのですね。
いえ、それから高校3年生まではサッカーにのめり込んでいました。高校のサッカー部は部員が150人くらいいて、週6日間は練習に明け暮れ、休みの日まで筋トレが組み込まれているほどサッカー漬けの日々を送っていました。その頃はサッカーのことしか頭に無かったし、練習が辛すぎて死ぬかと思ったこともありますね。今でもサッカーが好きだし、その経験が精神面での土台になっていると感じます。

──ストリートにルーツを持つアパレルブランドなどとコラボレーションを行なっているイメージがあります。サッカー中心の生活からそういったカルチャーに触れるようになったきっかけはなんですか?
大学に進学した時に「PAJA STUDIO」のメンバーと出会ったことでストリートカルチャーに触れるようになりました。彼らと遊ぶ中でTシャツのグラフィックを作ったり、シルクスクリーンで作品を制作するようになっていきました。だけど心のどこかで、“美術館”というワードがずっと頭に引っ掛かっていました。誰かに依頼されてなにかを作るというよりも、自分の表現として世の中に作品を残したいという気持ちが強かったんですよね。それを自分なりに考えていろいろ試している中で、現在のペインティングの表現に辿り着きました。
──ここにあるTシャツも作品のようにペインティングで作られていますよね?
Tシャツを作って販売する場合、サイズやどの位置にどうプリントするかなどテンプレートに当てはめるのが一般的ですよね。だけど改めて自分ならこのTシャツでどのように作品を作るかを考えてみたんです。キャンバスの作品には布があって木枠が裏にありますが、それを別のメディウムで考えると、Tシャツはコットンで、人が木枠の役割をしていると仮定してTシャツにペイントしました。ただ、この作品を実際に着るってなった時には実用性はゼロに近いです。触ると分かるのですが、硬いし洗えません。でも僕はシルクスクリーンという技法が身近にあるから、原画をシルクスクリーンで複製して作るということをやってみたんです。よくキャンバスの原画を複製してポスターにすることはありますが、その感覚でTシャツを作ってみたら面白いと感じたんです。タグにはシリアルナンバーを入れてサインも描きました。こういったモノ作りは、今の自分らしいアプローチで今後も取り組んでいければと思っています。

──グラフィックやシルクスクリーンを用いた作品の制作から、ペインティングが表現の中心になった理由はなんでしょうか?
ある“窓”に出会ったことがきっかけでペインティングを始めたんです。ある日、シルクスクリーンで作品を制作したらすごく抽象的なものができました。それを見て感じたことは、もっと深いところまで掘り下げなければこの作品の良さが制限されてしまうのではないか、という懸念でした。そんなことを考えながら2019年頃に散歩していたら、街中にあった窓枠がバーンと目に入って来たんです。その瞬間にこのイメージこそ自分が求めていた形だなと思ったんですよね。窓をモチーフにした作家はたくさんいますが、それらを踏まえても自分の表現は彼らがやってるものとは違うものでした。僕の絵は「どこでも窓」をテーマに描いています。簡単に例えるならば、ドラえもんの「どこでもドア」みたいな、移動できる窓という感覚です。それがまずキーとして念頭にあり、それをさらに掘り下げるために藝大の大学院に進学することを決めました。
──絵があることでその奥に空間が広がるというか、その入り口になる「窓」という感覚で制作しているのですか?
「窓」には空間を可視化する意味があり、そこに魅力を感じています。例えば富士山が見える場所に家を建てる時に、おそらく誰もが室内から富士山が見える場所に窓を作ると思うんですよ。そうなると、その家は室内に富士山の風景を所有していますよね。それと同じ感覚で、なにもない壁に「どこでも窓」が来た時に、その奥には空間が発生するんです。コミッション作品などの場合も、飾る場所の空気感や、頼んでくれた人の雰囲気を感じ取り、どこに自分の絵を置くかを考えて描きます。だから展示される場所を想定して制作していることもだんだん分かってきました。言語化が難しい感覚的なものなんですが、本来窓がないただの壁でも別に良いじゃないですか。でもそこに窓をはめ込む理由があって、それは例えば空気を取り込むためとか、ここに窓を置けば太陽の光が入ってくるとか、そういう目的ですよね。僕の絵はそういったことに近いんですよね。別に壁のままでもいいけど、この絵を飾る理由があると思って制作しています。

──ペインティングを始めた時から一貫したテーマで制作を続けているのは面白いですね。
もちろん絵のスタイルを変えることは簡単ですよね。でもそれはスタイルが変わるだけで、自分のテーマや本質は変わらないじゃないですか。ただ、この窓に気づいた時から、これが描きたいと強く感じました。その窓を見た瞬間から、何十年もかけてこの絵の力を深めていく確信がありましたね。
──過去に行った展示で印象的だったことはありますか?
「INHERIT GALLERY」での展示は、 (OFO BY INHERIT GALLERY)と2会場で同時に開催しました。窓があったら2つの空間が生まれるので、僕の絵が2つの場所に飾られていたら自分の空間が2つできることになります。どちらも近いようでコンセプトがまったく違いますが、2つで1つでもあります。移動することで片方の良さも分かるし、その逆も然り。でも2つを1つにまとめると雑多になってしまいます。分かれているからこそ異なる空間を楽しめると思って、会場を2つに分けました。窓が映す異なる風景が2つあり、そこを移動するのは、モノレールでディズニーシーからディズニーランドを移動するときのワクワク感に近いです。その感覚で世田谷区内を移動できたら、それは旅みたいだなと思ってそうしたんです。
“TWO SPACES”
at INHERIT GALLERY and OFO
──影響を受けた作家はいますか?
大学院のときの教授だった小林正人さんには大きな影響を受けました。教授からは絵の技術よりも、心構えや、向き合い方を学ぶことができました。進学前は美大を出ていない作家というコンプレックスを持っていましたが、教授は僕に対して、そのままでいいし別に技術を学ぶ必要はないと教えてくれました。「目的」をやり続ければ良いと言われて当時は理解に苦しみましたが、ただデッサンができる人と、描きたいものがしっかりある人では、ペインターとして全く違う姿勢という意味だと今は受け取っています。奈良美智さんにも卒業展の講評の時に同じような事を言われました。その作品は縦3メートル、横5メートルくらいの大きな作品で、それが描けたのは僕がサッカーをやってきたからだと思います。体力とか体の動きなどの身体性、そして根性などの精神面は、間違いなくサッカーから身につけたものなんです。

──今後の活動や展望があれば教えてください。
今までもそうですが、自分が描きたいものに向かい続け、凝り固まった表現ではなく楽しんで絵を描ければなと思っております。壁に掛けない絵とかね(笑)。

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