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Yohta Matsuoka

静物画の新たな概念を探求するアーティスト

Interview: Ryosei Homma



色鮮やかで巨大な壁に描かれた抽象的な作風から一転、キャンバスという枠の中で自分の表現を模索し始めた松岡洋太。

現在はオブジェクトを配置する“静物画”に焦点を絞り、新しいもの見え方の可能性を追求している。

今回は、2022年にHIDDEN CHAMPIONが主催した個展「Before Dawn」を踏まえ、2025年4月後半からALPHA CONTEMPORARYで開催される個展に向け作風や心情の変化について話をうかがった。

前回インタビューをした時から4年ほど経ちますが、コロナ禍を経て誕生した作品から現在のシリーズに至るまでに状況や感情の変化はありましたか?

もう4年ですか。時が経つのは早いですね。その分、作品を通して色々な方と出会い、様々な場所に行き、色々な感情が生まれました。同時に以前の少しフワフワとした感覚から地に足をつけて制作に集中するようなスタンスになりました。また同時に作品をひたすら制作する中でモチーフを捉えるスピードが上がって、描き方も変化しました。以前のシリーズではエアブラシを多用してプラチックのような質感だったのが、今は筆の筆跡で温度があって暖かい質感のような物を目指しています。

では、あらためて出身やバックグラウンドを教えてください。

群馬県高崎市出身で、高校を出てから多摩美に入りました。もともとデザイナーを目指していたのでグラフィックデザイン学科に入ったんですが、ブラックブックに絵を描いたり、スプレーを持って外に出かけたり、あとはバンドを組んで音楽活動をしたりとか、そういうことばっかりしていましたね。卒業しても就職はせずに、バイトをして金を貯めては東南アジアなど海外にバックパッカーとして数ヶ月行ったりする生活を3年ほど繰り返していました。でも26歳くらいになって「このままではダメだ、何かやらなきゃ」と思い、絵を描く活動を始めたんです。

どういう活動をしたんですか?

大学が一緒だった丸倫徳(まる みちのり)というアーティストの友人と一緒に「markhor(マーコール)」という名前のユニットを組んでライブペイントを始めました。それが2004年です。渋谷のライブハウス〈eggman(エッグマン)〉でやったのが最初でしたね。その頃はまだライブペイントをやっている人も少なかったので、どういうものか説明して自分たちでパネルを組んでやっていました。都内のクラブを転々としながら活動していましたね。

ライブペイントでの活動や壁画制作を長い期間やっていた印象があります。当時のスタイルについて影響を受けたものなどあれば教えてください。

知り合いの家具屋さんで本を見ていたときに、イタリアの建築家でインダストリアルデザイナーでもあったエットレ・ソットサス(Ettore Sottsass)という人を中心とする「メンフィス(Memphis)」という80年代のデザイナー集団のことを知ったんです。メンフィスは、それまでのバウハウス(Bauhaus)などに代表される合理的でシンプルなデザインに反発した姿勢をとっていて、鮮やかで刺激的な色彩を多用し、家具などの形も複雑で奇抜なものばかり発表していました。僕はその本に出会って衝撃を受けたんです。僕がいままでに壁画などで描いている抽象画はもろにメンフィスの影響を受けたものですね。

2021年にHIDDEN CHAMPIONと開催した個展でギャラリーワークを本格的に始めたと以前にうかがいました。キャンバス作品に取り組むようになったのはなぜでしょうか?

ずっと壁画ばかり描いている自分に対する葛藤があったんです。デカい壁画にばかり向かいすぎて、いざアトリエでキャンバスに絵を描こうとするとしっくりこないという状況が長いこと続いていました。作ってはいたけど全然納得ができなかった。そんな中でコロナ禍になり、壁画の現場もことごとく中止になって、必然的にアトリエに篭って友達とも会わない期間が長くなりました。そこで改めて自分がやりたいことはなんだろうといよいよ向き合うことになりました。その時にiPadを買ってプロクリエイトというアプリで落書きをしていたんです。コロナによって世の中が静かになり、人々も街に出ない、すごくシンプルな世界の中に自分はいるんだという感覚がありました。しかしそんな状況でもみんな新しくなにかを始めなくてはいけない。その静かで何もない空間に「丸い物を一個置いてみた」とか、すごくプリミティブな衝動を画面上に起こしてみたんです。それがその時の世の中の状況と、自身で新しく世界を作っていきたいという状況がピタっとハマったんです。

キャンバス作品を始めた頃からバナナなど、静物画の中で描いているモチーフについて教えてください。

作品に配置するものはシンボリックな物を選んでいます。バナナはアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)だったり、マウリツィオ・カテラン(Maurizio Cattelan)のテープで貼られたバナナとか、そういったのをシンボリックなものだと定義しています。他にも男性的なものを連想させるものでもあったりします。他にもよく描いているリンゴは聖書で“知恵の樹の実”として記されていて、リンゴを食べて智恵を得た始まりの象徴であり女性的な象徴としても使っています。以前よく描いていた棒は人類が最初に使った文明の道具として配置していますね。

また、以前のシリーズよりも色数が増えたように思いますがなぜでしょうか?

コロナ渦の時は色や温度感を失ってしまった世界という比喩からモノクロのシリーズを描いていました。その後のコロナも終息するくらいには、色や温度が戻ってきたと捉えています。ある種これは予見していたし自然な流れのように感じています。コロナ渦は自分にとってはとても大きな転機になって、今に繋っています。あの時の状況を表現するのはモノクロが一番相応しかったし、逆を言えば、今はモノクロな状況ではないって事なのかなぁと思っています。

現在は静物画にグラフィティやストリートの雰囲気を組み込んだり、動体を加えたり、また同じモチーフを具象とデフォルメさせたものを並べたり、実験的な部分が以前より感じられます。現在のシリーズのコンセプトはなんでしょうか?

以前のモノクロのシリーズも含めて、自分の作品は静物画だよなっていうところに焦点を絞って、静物画をもっとディープに掘り下げてかつ拡張するような試みと、同時に静物画の様々なオブジェクトの配置や見え方、オブジェクト同士の関係性によって普段とは違う認識の揺らぎが生まれるのではないか、という事を作品を通して模索しています。古典的な静物画という作風はシンプルだけどだからこそ奥が深くて、テーブルに何気なく並んでいる果物のモチーフは17世紀頃に描かれた当時は様々な意味付けがあって、例えばリンゴは智恵や誘惑、レモンはその見た目から想像をしなかったような酸っぱさがあることから見ためで判断できない事の象徴だったり、ぶどうは実が多くなることから豊穣を表していたり、桃は純潔と不死だったり。これら多くの意味を自分なりに咀嚼して画面に構成する時もあります。また静物画はその文字通り、静かに物が置かれている様を描く事なんですが、そこに動的な要素として宙に浮くオブジェクトや人の気配を感じる動的な要素を描く事で、静物画の拡張性を探ると同時に鑑賞者に、なぜ?という問いを投げかけて、想像する余地を与えています。あるいはリアルな描写で描かれたりんごと太いアウトラインを付けたりんごが画面に共存する事で、リアルとアンリアルの境界を曖昧にしています。リアルなりんごとコミック風なりんご、どちらもリンゴであるという認識が出来るのは何故なのか?という普段あまり気にも留めない当たり前に認識する事へ揺らぎを促します。

今回のALPHA CONTEMPORARYの展示のテーマやコンセプトについて教えて下さい。

静物画というフォーマットを出発点に視覚的認識の揺らぎと物質の意味生成の過程を問い直す試みです。すっかりコロナも終息したようになり、相変わらずの情報過多とAIの脅威によって様々な新しい事象が起き始めている現在にアナログ手法の静物画、絵画でカウンターを打つことは出来るのかというある種の挑戦かもしれないです。コロナ渦に描き出した、モノクロの顔シリーズから、静物画の拡張性を探求した現在の作品までを横断する展示になります。直前まで制作して、新作も7〜8点くらい。多くの方に観てもらいたいですね。

“Seconds before truth”
655×655×25mm
acrylic on canvas
2025




【アートショー情報】

“Fake Plastic Apples”
Yohta Matsuoka Solo Exhibition
会場:ALPHA CONTEMPORARY
住所:東京都港区三田2-13-9 三田東門ビル8F
会期:2025年4月25日(金) – 5月14日(水) ※日・月・祝日休廊
時間:12:00 – 18:00
*Opening Reception:4月25日(金) 18:00〜

※火曜:予約制。前日18時までにメールにて予約
https://www.alpha-contemporary.com/ja

@alpha_contemporary

@jonjongreen23



【ステイトメント】


本展は、静物画という伝統的なフォーマットを出発点としながら、視覚的認識の揺らぎと物質の意味生成の過程を問い直す試みです。

花瓶は単なる容器ではなく、顔の一部としても知覚され、その物への認識が実は流動的であるよう促し、あるいは意図的に宙に浮くりんごを描くことで、「静物」の時間軸を解き放ちます。

「投げられたのか、それとも落下しているのか」

こうした視覚の撹乱は、現代社会における情報の即時的な消費や意味の固定化に対するカウンターとしても機能し、AIによる画像生成やフェイクニュースが氾濫する時代において、不確かな情報に対して疑問を呈します。

私たちの目の前にあるものは本当に「実在」しているのか?

そしてあなたがみているりんごは本当にりんごなのだろうか?と。

静物画の静けさの中に潜む運動。

固定されたイメージの裂け目から立ち上がる新たな意味と解釈。

その瞬間、私たちの知覚は、再び開かれるような気がするのです。


Yohta Matsuoka

松岡 洋太。1978年、群馬県高崎市出身。多摩美術大学卒業。2004年より日本のストリートカルチャーシーンの中で「JONJON GREEN」名義でライブペイントを主として制作活動を始める。80年代のイタリアを中心に生まれた色鮮やかで刺激的なデザイン集団「メンフィス」に大きな影響を受けたことから、パターンで構成するダイナミックかつ自由度の高い抽象表現を壁画に応用し国内外に数々の大型作品を残す。2021年より、原初的な感覚でモノクロの画面に球体や棒などのシンプルなオブジェクトを配置する静物画の作品制作を開始。本名である「松岡洋太」名義にて個展『Before Dawn(夜明け前)/ SORTone, Tokyo, 2022』を開催し国内外から注目を集め、イギリスで個展『Before Dawn / MOOSEY, Norwich, 2023』を開催した。オブジェクト同士の偶発的な関係性によって得られるシミュラクラ現象を通して、物体が持つ本来の姿とは違うユーモアを創造することを考察している。

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